届いていますか?僕の声。




「ねぇねぇ、阿近さん。阿近さん」
「あ゛っ?」
棚に並んでいるのは、赤や緑。ときには蛍光ピンク。
漂ってくるのは、甘い香りや刺激臭。
たくさんの薬に囲まれた技術開発局の一室で新薬開発に勤しんでいた阿近は不機嫌そうに振り返る。
そこには回る椅子の背もたれに顔を乗せてくるくると右へ左へ行ったり来たりするの姿。
いつまでココにいるんだ?とか、仕事はどうした?とか、聞いてもコイツはココから出て行かないんだろうなと思いながら「なんだ?」と問いかける。
しかし返ってきたのは「なんでもない」と言う言葉で、阿近は眉を顰めた。
そんな阿近のことを気にせずにはクルクルと回る。



「阿近さーん」
「さっきから一体なんなんだ」
先ほどからは阿近の名前を呼んでは、なんでもないと繰り返すばかり。
そんなに阿近のこめかみもピクリと動く。
静かにしていると言うからこの部屋に入れたのだ。それなのに意味の無いことばかりをして実験の邪魔をするならココから追い出そうかと思えてくる。
そんなこと考えているとが問いかけてきたのはのは突拍子もないこと。
「ねぇねぇ。俺の声、阿近さんに届いてる?」
「はぁ?俺は耳が悪くなった覚えはねぇよ」
さっきからの意図がわからない。
「いきなり何だ?」
はくるりと一周回る。
「う〜ん。何か現世には『蟲』って言うモノが生息してるらしいよ」
そして返ってきたのはわけのわからない答え。
「で、その蟲の中に音を食べる虫がいるんだって」
阿近の口から出てきたのは、はぁ?という言葉。
「その蟲は耳に寄生して、つかれちゃったら音を食べられるんだってさ」
周りの音がぜんぜん聞こえなくなるんだよ。
そう言ってまたクルクルと回りだすを見て、何でそれが俺と関係があると阿近は疑問に思う。
「ん〜。『吽』って蟲は片耳だけなんだけどね。その蟲とほどんど同じ姿をした蟲がいて、その蟲は両耳とも聞こえなくなって、ただ聞こえてくるのは蟲の声だけ」
で、その蟲につかれたら額に角が生えてくるってさ。名前も『阿』って言うんだって。
そこでやっと阿近は「あぁ」と理解する。
「ねぇねぇ、阿近さん。俺の声届いてる?」
「ちゃんと届いてる」
グシャリとの頭を撫でる。細まるの目。



「で、お前はどこでその知識を手に入れたんだ?」
がさっきまでクルクルと回っていた椅子に掛けなおして阿近はに尋ねる。
薬の実験は後でやればいい。
「ん〜。どこだったんだけ?」
阿近の膝の間にちょこんと座ったを抱きしめると暖かい。
いろんな話は聞いたことがあるがの言っている『蟲』の話は初耳だ。
のことだから、また、ろくでもないところから情報を取ってきたのだろう。
この前も、映画で見たことを本当に起こったことだと勘違いしていた。いくら技術が発達していると言っても人は宇宙に住めない。いきなり、他の惑星には人が移り住んでいて、今宇宙では戦争が起こってるんだよ。と言われたときは驚いた。
「あー。この前修平に借りた絵がいっぱい描いてある本」
やっぱりそうか・・・。肩を落としながら、なんでコイツは作り話と現実とが理解できないのかと阿近は思う。
「でも、本当に『阿』って言う蟲がいるんなら、俺つかれてもいいかなぁって」
「はぁ?」
「だって、角が生えてくるんだよ。阿近さんとおそろい」
そう阿近の方を向いてニコリと言う
阿近は「バカか」っとつっこみたくなる。
「あー。でも、そしたら阿近さんの声も聞こえなくなるんだよね。・・・それは困る」
「なんでだ」
「だって、好きな人の声が聞こえなくなるのはイヤだから」
阿近は目を見開いて、頭をの肩に乗せた。
「阿近さん?大丈夫?疲れた?」
聞こえてくるのは自分を心配するの声。
「阿近さーん。阿近さーん」
さっきまで、うるさいと感じていた自分の名前をを呼ぶ声が心地よく感じる。
「阿近さーん。・・・・聞こえてる?」
「聞こえてる」
「っ!?」
耳元で阿近に囁かれてピクン揺れるの肩。
「ちゃんと聞こえてる」
ちゅ。と耳元に感じる暖かいもの。


――― 君の声ならいつも心に響いてる。