「チッ」
舌打ちを一つしてはトンファーを振るう。トンファーの先にあった男の顔がぐしゃりと歪んだ。
「(切りがねぇ)」
漂ってくるのは火薬の匂いと鉄の匂い。その鉄臭い匂いの元を一振りしてトンファーから拭う。に向けられているのは、槍や刀。その主たちは皆鎧を纏っていて一体此処はどこだと思う。周りを見渡しても見慣れた景色は何もなく、見えるのは人、人、人。頭上には青空が広がり、遠くに緑の森が見えるだけ。また紅い血が舞う。新たに向かってきた男にトンファーを喰らわせるが、次々と人が湧いて出てきて切りがない。相手の血で制服が赤く染まる。
「(今日は厄日か)」
今日は自分の後輩が居る中学にその後輩に会いに行く予定だった。それなのに、今の状況。どうしてこんなことになったのか。己の憤懣をトンファーを持つ手に籠めてもう一度振るう。
自分はさっきまで中学までの道のりを歩いていたはずだ。しかし、その途中絡んできたのは手に金属バットや鉄パイプを持った連中。そいつらの顔には微か覚えがあり、確かこの間絡んできたやつらだったかなと思い出す。あー、でも違うかもしんねぇ。一々相手の顔なんか覚えてらんねぇし。この間のお礼参りなのかなんなのか、振り下ろされるそれぞれの得物を楽々と避けては仕込んでいたトンファーを振るう。弱いならかかってくるんじゃねぇよ。次々に地に伏していく相手に時間の無駄だと思いながら舌打ちを一つ。
その瞬間、頭に衝撃。
どうやら自分の背後にまわっていた一人に気付かなかったようだ。己の失態にもう一度舌打ちをし、頭に入った衝撃を取るように頭を振る。クソ、マジで殺してやる。閉じていた目を開ける。 しかしその瞬間、の視界に入ってきたのは今まで対峙していたチンピラのような相手ではなく――
―― 鎧を纏った武士だった。


「What?」
いきなり声を上げた己の主に小十郎はどうしましたかと声を掛ける。今、目の前の戦場で起こっているのは自らが属する奥州筆頭伊達政宗が指示する伊達軍と小田原の北条氏政の率いる軍が交戦している戦だ。戦況は見るが明らかで、自らの軍の方が北条軍の方を押している。このまま行けば、総大将自ら戦場に赴かなくても勝利を得られるだろう。それなのに戦場を見て眉を顰める政宗に傍に仕えている小十郎の眉間にも皺がよる。
「あれを見ろ」
「・・・、あれとは・・・・?」
小十郎は政宗の言葉を疑問に思いながら、政宗の指の先を見た瞬間息を呑んだ。そこには味方の兵士が押されている姿。戦全体には支障はないが、そこだけ陣形が崩れていて自らの軍が不利な状況に追い込まれていることが判る。今回は、自らの軍の勝ち戦に決まったような戦だったのだが、
北条にも骨のあるヤツがいたか―――、面白い。
そこを見ていた政宗は口元を吊り上げる。
「おい、小十郎」
「はッ」
「俺はあそこに行ってくる、此処を頼むぞ」
「政宗様っ!?」
予期していなかった言葉に小十郎が吃驚する横を制止する間もなく政宗が駆け抜けた。


がトンファーを振るうたびに紅い血が舞う。しかし、自分に向けられる槍や刀の数は減るどころか増えるばかり。自分の倒したやつら数より次々向かってくる数の方が多いような気がする。
「(クソッ)」
悪態をつきながらそれでもトンファーを振り回す手は休めることはない。相手が持っているのは金属バットや鉄パイプではないものの、それ以上に殺傷能力があるのもの。相手に殺られる気はほんの少しもないが切りがない応戦には痺れを切らしていた。どれだけ倒しても、湧いてくる人、人、人。がこの状況に置かれ戦い始めて結構な時間が経つ。相手は数百、こっちは一人。流石に疲労は溜まってくる。
「(どうするか)」
逃げるということは自分のプライドにかけてしたくはなかったが、此処まで切りがないと一端引いたほうがいいのではないかと思えてくる。
――― けど、何処へ?
には此処が何処だかわからない。様子から言って、先ほどまでいた町並みとは違うような気がするのは判る。自分が一体どこに居るのか。が思案し始めた刹那、
―― 甲高い音が響き渡った
感じたのは殺気、視界に入ったのは蒼
「Looks great.北条にもお前みたいなやつがいたか」
「・・・・・」
ぶつかり合ったトンファーと刀の間から蒼い男は力量を測るようにを見下す。
「それにしても、奇妙な格好だな。鎧を着けてないのはそれほどの自信家か?それとも今みたいに素早く動くためか?」
こいつはなんなんだ。挑発するように笑いかけてくる男には睨みを返す。男が訪れたことにより先ほどより上がった士気。そして聞こえてくる男を指すような言葉。それから考えるとこの男は相手の、
「・・・総大将か」
小さく吐かれたの言葉を聞いていたのか、男から返ってくるのは「That's right」と答え。
「Ah‐han.北条の奴は自分の戦っている敵のheadの顔ぐらい知らねぇのかよ。What's your name?」
「・・・・・、あいにく俺は知らない奴に名乗る名前なんて持ち合わせてねぇからな。名前を聞くときは自分からって習わなかったのか?」
の答えを聞いた男は、一瞬驚いたような顔をし、すぐに笑みを深くする。
「Ha!異国語は解るのに俺のことは知らないだと?ホントに北条は部下の教育をどうしてるんだ。・・・まぁいい、俺は奥州筆頭伊達まさむ――」
「アンタの名前なんて俺にはどうでもいい。後、さっきから北条北条五月うるせぇけど、俺その北条って奴も知らねぇし、そいつの下についた覚えもねぇ」
「What!?」
吃驚する政宗を尻目にはトンファーを握る手に力を籠める。何なんだこのエセ外国人は、とにかくコイツが相手のリーダーって言うことはコイツをぶっ飛ばせば、戦いは終わるのか?そんなことを考えながら、の苛立ちは頂点に達していた。町で不良の連中と戦っていたら、知らないところに居て、槍や刀を向けられ、・・・・・いや、そんなことはどうでもいい。一番ムカつくのは目の前の男。のことを“北条”の部下と言っているが、自分はどこにも属していないし、しいて言うなら元、自分の町を束ねるトップだった。今はその座を後輩に譲って自分はフリーの身だが、それでも男の自分を馬鹿にしたような物言いには腹が立つ。
そう、後輩の言葉を借りるなら――
「咬み殺す」
「・・・・・。Ha!やれるものならやってみな!Let's party!」
それを合図に二人の間に火花が散る。
の持つトンファーと、政宗が持つ六本の刀は甲高い音を奏でて互いにぶつかり合った。







07.01.27