「ろーとタマ!かってに家からでたらダメれろ!」
キレイな黄緑色の傘の先端についたカボチャが喋ります。
それは普通に考えたら異常なことなのですが、そんなカボチャの声は雨の振る音に負けて、傘を差している女の子にしか聞こえません。
しかし、その女の子もカボチャの声が聞こえているはずなのに知らんぷり。
「の家は確かココら辺だったよねぇ」
ピチャリ。ピチャリ。と水溜りの水が跳ねても女の子は気に留めません。
最近ホームにやってきた男の子。
女の子には兄弟がたくさんいるのですか、一番年の近い兄弟も女の子よりも年がすごく上で、みんなそれぞれお仕事を任されているのでホームにずっといるということはありません。
そんな女の子のホームでの遊び相手は、喋る傘と動くヒト、そして人形だけでした。
傘は一緒に遊ぶには物足らないし、ヒトは女の子の言うとおりに動くだけ、人形は笑いもしないし喋りもしない。
しかし、新しく男のヒトと女のヒトにつれてこられた男の子は違いました。
その男の子は、傘のように女の子を叱り付けるだけではないし、自分の意思で動き、よく笑うしよく喋ります。
伯爵に『悪魔の子』と言われて気にいられている男の子は、ときどきホームにやってきてました。
同じ年ぐらいの子と遊ぶことがなかった女の子も男の子を気に入り、男の子がホームにいる間は一緒に遊ぶようになりました。
しかし、前は男のヒトと女のヒトに連れてこられてやってきていた男の子がこの頃ホームに顔を出さないようになりました。
男の子のことが心配になった女の子は、お供の黄緑色の傘を持って男の子の家に向かいます。
何回か行ったことのある男の子の家。
記憶をたどりながら女の子は歩きます。
「ーいるぅー?」
コンコンと家の扉を叩きますが、男の子が出てくる気配はありません。
家の中はしんと静まり返っていて、家の主もいないようでした。
「ろーとタマー。もう帰るレロ。雨も強くなったレロー」
カボチャから女の子へ声が掛かりますが、それも女の子は知らんぷり。
「お仕事なのかなァ。でも千年公そんなこと言ってなかったしぃ。お仕事ならもぼくの家にいるはずだもんなぁー」
だんだんと雨音はひどくなっていきます。
「ん?」
雨の中をピチャピチャと。足音をコツコツと。
歩いていた女の子が見つけたのは小さな部品。
それはヒトの一部でした。
曲がり角をまがったそこに、そのヒトの一部はゴロゴロところがっていました。
「?」
ポツリと言葉を漏らした女の子が見つけたのは、雨の中傘も差さずにうずくまっている小さな影。
周りには一部といっしょに、赤や黄色や緑の野菜。おいしそうなお菓子の袋。
そのすべてが地に落ちて土色に染まってしまい、雨に濡れていました。
「?」
女の子がもう一度声をかけますが、男の子の瞳はどこか遠くの方を見つめているだけでした。
男の子の頬を女の子は優しく触ります。
女の子はどうして男の子が『悪魔の子』と呼ばれているのかを知っていました。
今も尚、男の子の身体についている小さな傷の意味を知っていました。
男の子が表情を出し始めたのは『お父さん』と『お母さん』に会ってからだと知っていました。
男の子がよく笑うようになったのは、自分や伯爵、兄弟たちに会ってからだと知っていました。
男の子の身体は冷たくなっていて、瞳には色がありませんでした。
「・・・≪神さま≫はいると思う?」
男の子はポツリといいました。
男の子は笑いません。
瞳に色ももどりません。
身体は冷たいままでした。
女の子が黙っていると男の子は静かに静かに言葉を紡ぎます。
「『お父さん』と『お母さん』を奪っていったのは、≪神さま≫の使いなんだって・・・」
雨音がいっそう強くなりました。
表の方に転がっていっていたトマトが帰宅に急ぐ人の足にぴちゃりと踏まれました。
鮮やかな赤が跳ねます。
「≪神さま≫はいると思う?」
男の子のうつろな目には女の子は映っていませんでした。
女の子は何も言いませんでした。
「≪神さま≫がいるなら、どうして『お父さん』と『お母さん』を奪っていったの?」
女の子は男の子の『お父さん』と『お母さん』がどういうヒトなのかを知っていました。
≪神さま≫がどういう人なのか知っていました。
≪神さま≫の使いがどういう人なのか知っていました。
転がった部品。
それだけで、≪神さま≫の使いがココに降りてきたことがわかりました。
「≪神さま≫はいるよォ〜」
女の子は腰を下ろして濡れた男の子に傘を差しだしました。
「じゃぁ・・・なんでっ・・・」
「あいつらはねぇ。自分が≪神さま≫の使いだと思ってる偽りの≪神≫の使徒なんだよォ」
女の子は男の子に言います。
「こうやって、人の幸せを壊していく偽りの使徒ォ〜」
コロコロと風に吹かれて部品の一部が転がっていきました。
「っ・・・『お父さん』も『お母さん』もいなくなっちゃった・・また・・・ひとり・・っ・・・」
女の子は男の子にとっての『お父さん』と『お母さん』の存在の意味を知っていました。
男の子には『お父さん』と『お母さん』しかいないことを知っていました。
「は一人じゃないよ?ぼくだって、千年公だって、レロだって、ティッキーだってたくさんいるじゃん」
女の子は男の子を暖めるように優しく優しく包み込みます。
「は一人じゃないよ」
女の子は男の子を抱きしめる手に力をこめました。
「一緒に行こう」
男の子に女の子が差し出したのは手。
その手を男の子はまだ色が戻ってない瞳で見返します。
「一緒に行こう。大丈夫、は一人じゃないから。ぼくがいつも一緒にいてあげる」
大切なモノを奪っていく、≪神さま≫なんて大嫌いだ――――
手をつないで歩く二人の上を厚く覆っている雲は晴れそうにはありませんでした。