「きゃ!」



ふらっと身体が傾いて倒れそうになる。
私が今持っているのは、兄さんのところに届ける大量の書類。
両手が使えないので、次に身体に走るだろう衝撃に目をギュと瞑る。



「・・・・・・えっ?」



イタイ!と思うような衝撃もなく、代わりにふわりという感覚。
絶対に落ちると思っていた書類も一枚も床に落ちてない。
え?なんで?



「大丈夫か?」



目を開けてパチクリと。



「っ!?くんっ!?」

「・・・そんなに驚かなくても・・・・・。リナリー怪我はない?」

「えっ?・・・・・あっ!大丈夫。ありがとう」

「いえいえ」



そこに居たのはくん。
くんは教団の中で私と一番年齢が近い男の子。
目を開けたときに入ってきた色は黒ではなくて白。
齢が近いと言っても、くんはエクソシストではなく捜索部隊。



くん、お仕事は?」

「今、報告書を出しに行くとこ。コレを出したら次の調査」



くんが教団に入団したての頃は一緒に教団の中を散策したり、遊んだり。
何かと一緒の時間が多かったのだけれど、今ではそれぞれの仕事が忙しくて会うことさえあんまりない。
久しぶりに会うと、あの頃が懐かしい。
昔を思い出してクスリと笑ってると、軽くなる手の中。



「えっ!?くん!?」



おろおろとしていると、今度はクスリとくんが笑う。

あ・・・。



「室長室に行くんだろ?俺もコムイ室長に用があるし」

「で、でも!」

「ついでだし、ついで」



スタスタと歩いていくくんをさっきより半分以上軽くなった書類を持って追いかける。
私の足取りは、書類が軽くなった所為じゃなくて軽い。



「最近はどう?」

「忙しいのなんのって、こないだはアジア支部にお使いに行かされたと思ったら、次はロシアの奥地で調査。寒いつーの」

「うわぁ・・・・・・」

「で、結局寒いとこまで行ったのに。イノセンスはなし。今回はこの国だけど、すっごい田舎まで行ってきたしね」



そんな大げさに、肩を落とさなくても・・・・・。
私の顔には小さな笑み。
幼い頃から教団にいる私はくんが入団してくるまで、齢が近い子なんていなかった。
大人の人たちに囲まれて、友だちなんていなかった。
くんといるときは本当に笑いが絶えなくて、一緒にいると楽しいなって感じる。



「リナリーは最近はどう?」

「私は任務が入ってないから今のところは科学班のお手伝いかな。くんお仕事大変じゃない?」

「んー。まぁ・・・捜索部隊だからね。しょうがないと言えば、しょうが・・・・」



ふと立ち止まる、くん。
そんなくんの視線の先には古くて、今は鍵が掛けられている大きな扉。
この扉って・・・・・・。
思い出されるのは、手を振る男の子。



「・・・・・・くん・・・?」

「・・・・えっ?あっ。何でもない。ごめんボォーとしてた。疲れてるのかも」

「・・・・・・。くんは働きすぎよ。休んだほうがいいんじゃない?」

「ははっ。でも、黒の教団に無理に入団させてもらったんだから、俺にできることはやらないと」



二人して誤魔化しあって扉から離れる。
いい思いはしない扉の先。
そういえば、私が扉の中を覗き込んで知った真実に耐え切れなかったときや、イノセンスの訓練が苦しくて泣いた時に、いつも傍にいてくれたのはくんだったなぁ。
そのときは「大丈夫だよ」と言う言葉とともに、キラキラのあめをくれて。




















喋りながら歩いていると、そこはもう兄さんの室長室。
イノセンスがあるとある程度確証が取れてから任務につくエクソシスト。
それと違ってくんは捜索部隊だからその確証を取ってこなくちゃいけなくて・・・・・・世界中を飛び回っている。
やっぱり、くんは書類を提出したらすぐ次の任務に行くんだろうな。
カチャリと開く扉の音が哀しい。



「コムイ室長。報告書を持ってきました。・・・・・って、いねぇ・・・」

「えっ!?」



部屋の中を見て歪むくんの顔。
扉の中を覗き込むとたくさんの書類で埋もれている机には誰も座っていない。



「兄さんたら!!くんゴメンね。・・・兄さんまた逃げ出したみたい・・・・・」

「・・・・・・だな。コムイ室長の逃亡癖は直ってないのか・・・・・・大丈夫なのか黒の教団・・・・・」

「でも、兄さんやるときはやる人だから!・・・たぶん・・・ちょっとした休憩よ」

「「・・・・・・」」



そうは言ったものの、片付けられてない書類の山と空白の席を見ていると沈黙が訪れる。
兄さん!!もう、どこへ行ったのよ!!!



「あー。リナリー、この書類はココに置いとくだけでいいのか?」

「あっ!ありがとう!私のは大丈夫だけど・・・・くんの方のは・・・」

「なるべくなら、本人に渡した方がいいと思ったんだけど・・・いねぇしなぁ・・・」

「「・・・・・・・・」」

「まぁ、科学班とか見てくる。絶対ってわけじゃねぇし、いなかったら机の上に置いとく」

「ごめんね。くん・・・」

「イヤ、リナリーの所為じゃないし。あ、そうだ。はい」

「えっ?」



差し出されたのは握られた手。
私も手を出したほうがいいのかな・・・・・?
そろりと手を出すと手の上に転がった、キラキラ。
あ・・・。


「リナリーも疲れてるみたいだし、少しは休んだほうがいいんじゃねぇ?甘いもの食べると、少しは疲れが取れるって言うしさ」



ニコリと笑ったくんの笑顔は、私の手の中のあめ玉と同じぐらいキラキラと輝いて見えた。










くんが出て行った扉を眺めながら、自分の頬が熱くなっているのを感じる。
えっ?あっ?何で!?
一人で訳も解らずにあたふたあたふた。
あっ?えっ?
そういえば、何でさっき私、くんが任務に行くって思ったときに切なくなったんだっけ!?
書類持ってもらったときは、くんの笑顔をみて『かっこいいなー』って一瞬動きが止まったし。
あっ。うっ。




くんからもらったあめを頬の熱を誤魔化すように口に運ぶ。
――― しばらくは頬の熱は取れそうになかった。


















恋せよ乙女
06.04.22